2006年02月26日

虹を探しに

060218_1602~0001.jpg

2006年2月17日、おじいちゃんが死んだ。
昨年末から入院してた。
正月、帰省したときにお見舞いに行ったら、もう私のことはわからないみたいだった。
先週の土曜に帰るつもりで新幹線のチケットを取っていたのに、金曜の昼過ぎに亡くなってしまった。
白い布を取っておじいちゃんの顔を見ても、棺桶の窓から花に飾られたおじいちゃんの顔を見ても、火葬場でおじいちゃんの骨を拾っても、全然実感が沸かなかった。
通夜でも告別式でも、ほとんど泣かなかった。
セレモニーの最中に、「私が死んだら何もしなくていいからって言い残したいけど、言い残したところで結局、残された人たちの体裁を保つために葬式は行われるんだろうな。でもそれが当たり前か。死んじゃったら何も見えないし、聞こえないし、感じられないんだから、残った人たちに任せるしかないもんね…」なんて考えていた。

おじいちゃんの死から一週間以上が過ぎた。
月曜の夜に横浜に戻ってから、私は普通に生活した。
火曜の朝には客先に直行、水曜の夜にはインド戦、木曜は熊本出張、金曜の夜には吉井のライブと、普段より少し忙しい一週間を過ごした。
もし、おじいちゃんがあと数日遅く亡くなっていたら、これらの予定はキャンセルになり、仕事仲間や友人に迷惑をかけていたかもしれない。
こんな私のカレンダーを知っていて、おじいちゃんは金曜のお昼過ぎにひっそりと息を引き取ったのかな。

天国って本当にあるのかわからないけど、今頃、おじいちゃんが楽しく過ごせてたらいいな。

おじいちゃん、ありがとう。


人気blogランキングへ

posted by nmf at 18:35 | ☔ | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。